浪人先生とちょっと一息

元浪人生の会社員が、受験やその他諸々について書いています。ちょっと一息ついて行きましょう。受験生はもちろん、そのご家族の皆さんにこそご覧いただき、少しでも役立つ部分を持って帰っていただきたい。そう思って書いています。

【有名人と浪人経験】タモリさん

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今回は、「笑っていいとも」で有名な大御所、タモリさんの浪人経験についてです。

 

 

 

プロフィール

 出身地

 福岡県福岡市南区出身 東京学芸大学付属高校卒

出身大学

 早稲田大学第二文学部(1浪)

仕事  

有名なテレビ番組「笑っていいとも」他、数々のメディア・番組で活躍。コメディアンでありタレントあり司会者であり‥活躍の場は多種多様。

 

人物  

何をご紹介すべきか迷うほど多才な人ですよね。

元々高校生時代は吹奏楽部で司会とトランペットを兼任していたそうです。(剣道部にも所属していたそうで、本当に多才ですね)

 

大学在学中にはモダン・ジャズ研究会に所属しますが、途中でトランペットの道は断念。

 

その後大学は抹籍処分となってしまうんですが、モダンジャズ研究会のマネージャー役は継続していたとの事です。

 

その後、ボウリング場の支配人や喫茶店のマスターと、様々な職を経験するも、そのユーモアの才能が噂に噂を呼んで行くことになります。

 

そして噂を聞きつけた赤塚不二夫さんにみそめられて、芸能界への道を歩んでいくことになります。

その後のご活躍は、誰もが知るところですよね。

 様々な才能と見識を持って活躍する、凄い人。 

 

 

浪人時代

浪人時代も一風変わっていた?

タモリさんは剣道やトランペットだけでなく無線にも興味があったことから、最初は電気通信大学を目指していました。

ところがどうしても物理が克服できず、一浪して早稲田に入ったそうです。

また、浪人時代にはしばしば押入れに潜り込み、韓国や中国のラジオを長時間聴いていたとの事。

タモリさんの代名詞である、インチキ外国語芸につながったんですね。

 

勉強以外のことをするのも時には必要

 こんな話を聴いていると、

 

「浪人生なんだからラジオなんて聴かずに勉強をした方が良かったのでは?」

 

と感じる人もいると思います。

 

けれどもそうじゃないんですよね。

特にタモリさんにとってラジオは、後の人生で自分を支えた芸につながったほどのものです。

きっと片手間ではなく、熱中して聞いていたのだと思います。

 

浪人生って、勉強をすることでしか自分の存在を回りに示せません。

高校を出てまでチャランポランをやっていると、周りからは思われることもある。

少なくとも私は浪人当時、そんな風にしか感じられませんでした。

(大人になってから考えると、そんなこと無いと思えますが。。。。)

 

だから使える時間は全て勉強に使わなくてはならないと思い込み、勉強をしてもしても精神的にシンドい時期がありました。この時期はホントにダメダメでした。

 

 

勉強って、かけた時間がそのまま成績に反映されるものではないんですよね。

根性論だけではダメです。

 

もちろん、絶対的な勉強時間は確保しなくてはいけません。

けれども、心の健康を保って前向きにやっていかないと、そもそも続けていけないし結果的に成績も上がらないものなんです。

 

そういった意味で、勉強のほかに自分が没頭できる趣味を持っていることは、浪人生にとっては結構大きな強みなのかもしれません。

 

 

「浪人生活を満喫して」なんて軽々しいことは、浪人を経験した立場からはとてもじゃないけど言えません。ハタから見るより、浪人ってなかなか辛い。

 

けれど、

 

「今は修行の時期。大丈夫。一年後の自分は、きっと今の自分に感謝する」

 

そんな風に考えて、少しでも気持ちを軽く、周りからは明るく見えるくらいで勉強を続けられたら良いのかなと思います。

 

「モチベーションを維持するために、少しくらいの趣味を持つことは良いのだと思う」

そんな感じの記事でした。修行はいつか終わります。大丈夫。

 

明るく、前向きに。頑張っていきましょう。